国際政治の理論と実践との間には、埋めがたい溝があるのであろうか。理論とは、「ある現象(結果)とそれを生み出した諸要因(原因)との間にある因果関係を法則的に説明する体系的な知識」のことである。その体系的な知識には、原因や結果そのものを記述するための諸概念も含まれる。学問の世界では、よい理論の条件として、説明できる事象の範囲が広いことや、少数の要因のみで説明できる簡潔性が重視されている。すなわち、一般的・抽象的で単純な理論が追求されている。他方で、現実の世界は、特殊的・具体的で複雑な要因が絡み合っている。国語辞典で理論の意味を調べてみると、「実践を無視した純粋な知識、無益な知識」という定義も出てくる。
たしかに、国際政治学者のアレクサンダー・ジョージが指摘したとおり、学術的な知識は、政府の責任者による政策選択の判断への援助にはなっても代替策にはなり得ない。なぜならば、それは、政府が直面している個別の状況に関する特定の情報を考慮していないからである。また、ある政策の決定には、その目標にとって最適の手段を選ぶという政策のみならず、広範な支持獲得や、政策決定に必要な時間などの資源の管理も含めての総合的な政治判断が要求されるからである。
しかし、理論は、現実の世界を理解するうえで必要不可欠なものである。我々は、頭を空っぽにしてあるがままの世界をそのまま認識しているのではない。社会学者のタルコット・パーソンズの言葉を借りれば、概念や理論は、暗黒の中で「事実」を認識するための「サーチライト」である。例えば、ジェンダーという概念を学ぶことにより、男女間の肉体的差異(性)ではなく、心理的・社会的・文化的差異に関心を向けることができる。また、経済理論の知識があれば、現在の不況の診断として、需要不足によるものなのか供給不足によるものなのかをまず考えることができる。
国際政治の分野でも、理論は役に立つはずである。二度の世界大戦を経て発展してきた国際政治学がまず注目したのは、戦争の原因であった。戦争発生の可能性を高める要因は実に多様であるが、国際、国家・社会、および個人という異なるレベルにおける戦争原因が究明されてきた。また、特定の状況や戦略に焦点を当てて限定的な一般化を試みる中範囲理論の発展により、理論と政策との関連性が高められてきた。顕著な成功例としては、アメリカの核戦略に大きな影響を与えた抑止理論を挙げることができるだろう。要するに、国際政治理論は、限定的かつ間接的ではあるものの、政策決定に対しても有益な貢献ができるのである。
宮岡 勲 (法学部教授 国際政治理論)
出典:『三色旗』第778号、2013年1月号。